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「四大浮世絵師展」

「四大浮世絵師展」

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歌川廣重 【 箱根(湖水図)】

1797年  定火消同心・安藤源右衛門の子として江戸・八代州河岸に生まれる。

1809年  13歳のとき、両親が共に亡くなり家督を継ぐ。

1811年  浮世絵師・歌川豊寛に入門。

1823年  同心職をやめ、絵師となる。

1831年  「東都名所」を発表、風景画を志す。

1832年  東海道を通って京都旅行へ。

1834年  「東海道五十三次」を発表。その後「名所江戸百景」、「木曽街道六十九次」など多数の風景版画を制作。花鳥図や美人画も優れた作品を残す。

1858年  没。享年62歳。死因はコレラだったと言われている。

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葛飾北斎 【 凱風快晴 】

1760年  武蔵国葛飾那本所(現在の東京都墨田区)百姓の子として生まれる。

1764年  賃本屋の丁稚、木版彫刻師の徒弟をやる。

1778年  浮世絵師、勝川春章の門下となり、あらゆる画法を学ぶ。

1802年  狂歌絵本「画本東都遊」刊行開始。

1805年  「北斎北斎」の号を用いる。

1812年  関西方向へ旅行に行く。

1814年  「北斎漫画」の初編を発行。

1823年  「富嶽三十六景」の製作開始(1833年完成)

1834年  「富嶽百景」。

1844年  「怒涛図」

1849年  江戸・浅草聖天町の偏照寺境内の仮宅にて没す。享年90歳。

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喜多川歌麿 【 当時三美人 】

1753年? 生まれた地は、江戸・京都・川越など諸説あり、鳥山石燕の弟子となる。

1781年  上野忍岡に住む。黄表紙の挿絵を描く。

1782年  吉原、通油町の蔦屋重三郎宅に居候。

1783年  大判錦絵「青桜仁和嘉女芸者部」を出版し美人画のスタートを切る。狂歌絵本の挿絵などを描く。

1791年  幕府の改革で、版元・蔦屋の財産が半減するが、このころより続々と美人画を発表する。

1800年  美人大首絵は幕府の町触れで禁止に。その頃から作品が惰性的になっていく。

1804年  「絵本太閤記」を題材にした作品が幕府の禁令にふれ、手鎖50日の刑に。

1806年  心身共に衰え、失意のうちに死す。

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東洲斎写楽 【 三世大谷鬼次の奴江戸兵衛】

謎の絵師

1794年(寛政6年)に現れ、1795年(寛政7年)に突然と姿を消す…作画期間は10ヶ月たらず。

描いた作品は、ほとんどが役者絵で他にも相撲絵がある。

生涯で描いた作品は、合計158図ほど。

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