ホーム>作家について>「ねこ展」>ねこ展
「ねこ展」

ねこ展

2019219133343.jpg

ねこ展作品集

歌川広重「浅草田圃」

熊谷守一「茄子と子猫」

竹久夢二「黒猫」

米倉斉加年「昼寝猫」

中原淳一「それいゆ№37・表紙」

 

 

 

 

 

 

 

藤田嗣治

略歴

1886年(明治19年)東京都に生まれる。

1910年(明治43年)東京美術学校(現在の東京芸術大学美術部)を卒業。

1913年(大正2年)渡仏、モンパルナスに居を構える。モディリアーニやピカソらと交友。

1919年(大正8年)サロン・ドートンヌに出品、入選し会員に推挙される。

1921年(大正10年)サロン・ドートンヌの審査員に推挙される。

1931年(昭和6年)個展開催の為南北アメリカへ渡る。

1940年(昭和15年)第二次世界大戦の戦火が迫るパリを離れ、日本に帰国。陸軍美術協会理事長に就任し戦争画を描く。

1949年(昭和24年)戦争協力による批判に嫌気がさし、日本を去る。

1955年(昭和30年)フランス国籍取得。

1957年(昭和32年)フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シェパリエ章が贈られる。

1959年(昭和34年)カトリックの洗礼を受ける。洗礼名「レオナール」

1968年(昭和43年)スイス・チューリッヒにて癌のため死去。享年81歳。

米倉斉加年

略歴

1934年(昭和9年)福岡県に生まれる。

1957年(昭和32年)劇団民藝水品演劇研究所入所。

1967年(昭和42年)第11回新劇演技賞。第1回紀伊国屋演劇賞。

1976年(昭和51年)ボローニャ国際児童図書展グラフィック大賞(子供の本の部)

1977年(昭和52年)ボローニャ国際児童図書展グラフィック大賞(青少年の部)

1981年(昭和56年)第4回日本アカデミー賞優秀助演男優賞。郵政省記念切手・日本の歌シリーズ切手原画『椰子の実』を描く。

1987年(昭和62年)絵本「おとなになれなかった弟たちに…」が中学1年生国語教科書に採用される。

1988年(昭和63年)第23回紀伊国屋演劇賞。

1996年(平成8年)「まさかね図案所」制作の自作・演出・主演の「娘の結婚」で全国公演が始まる。

2000年(平成12年)劇団民藝退団。

2014年(平成26年)8月26日出身地福岡県にて永眠。享年80歳。

中原淳一

略歴

1913年(大正2年)香川県に生まれる。

1928年(昭和3年)日本美術学校洋画科に入学。

1930年(昭和5年)上野広小路の高級洋裁店の依頼でデザイナーとして迎えられる。

1932年(昭和7年)「少女の友」と専属契約。

1945年(昭和20年)入隊。

1946年(昭和21年)神保町にて「ヒマワリ社」を設立。婦人雑誌「ソレイユ」を創刊。(のち「それいゆ」)

1947年(昭和22年)月刊少女雑誌「ひまわり」創刊。

1953年(昭和28年)「それいゆ」臨時増刊の形で「ジュニア号」を発行。(のち「ジュニアそれいゆ」)

1964年(昭和39年)渡欧。

1970年(昭和45年)月刊誌「女の部屋」創刊。

1979年(昭和54年)脳溢血(のういっけつ)と心臓発作で館山病院に入院。以後入退院を繰り返す。

1983年(昭和58年)4月19日永眠。享年70歳。

熊谷守一

略歴

1880年(明治13年)岐阜県に生まれる。

1900年(明治33年)東京美術学校(現在の東京芸術大学)西洋画科に入学。

1909年(明治42年)第3回文部省美術展覧会に「蝉濁」を出品。褒状を受ける。

1910年(明治43年)実母の死を機に故郷へ。

1916年(大正5年)再び上京し第3回二科会展に出品。二科会会員に推挙される。

1932年(昭和7年)豊島区長崎町(現在の千早)に転居、生涯にわたりここで生活する。

1964年(昭和39年)パリで個展を開く。

1967年(昭和42年)文化勲章を辞退する。

1977年(昭和52年)8月1日死去。享年97歳。

ページ上部へ